構造主義的インド料理論5

2010年09月01日

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 インド料理研究家の渡辺玲さんと会食で同席し、お話させていただきました。
 さすが研究家らしい物腰としゃべり方、そして膨大なインド料理に関する知識を垣間見ることができました。

 彼と話をしていて、ふと感じたことが、果たして自分はどういう視点からインド料理というものを見ているのか、理解しようとしているのかという点でした。
 初めてインド料理に出会ったころは、同じメニュー名でも、場所や作り手で全くというか、違うものに遭遇し、日本のように料理やレシピが体系化されていないのに戸惑いを感じました。
 
 そしてある時、構造人類学的に理解していく手法をとっていったように思います。
 ちょっとたいそうで偉そうに聞こえるかもしれませんが、学生時代にかじった程度の知識で、「人間が善悪を判断したり、社会を作るのではなく、社会という構造が判断し、人間の行動を決める」という超初歩的発想です。
 そこで、暇な時は、インドの歴史や宗教の本を読み漁り、インド社会の構造から料理を見られるようにしました。
 そこから見えるものは、やはり多様な言語があります。ヒンディー、タミールなど十数個の言語は、社会構造すなわち文化を決めています。さらに、17世紀以降加わった英語が、より複雑にしています。言語学のソシュールが必要ですね。

 渡辺さんのインド料理研究も、多分こういう手法のよう感じました。彼の年代の方が構造主義ど真ん中ですから、自然にこういう思考回路になると思います。
 
 ということで、私にはまだ、ポスト構造主義は見えません。

gen5delhi at 10:39│Comments(0)TrackBack(0)社長雑談 

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